ほっとハウスが生まれるまで⑪

2026年09月21日

今回はAさんが作った杵築の不動産会社を12年間勤めた後に、独立をさせてもらった時の話をする予定でしたが、その前にもう少しだけ、その会社に勤めていた時の事を話させて下さい。

 

私がその会社に勤め始めた時は、私は36才位だったと思います。社長はAさんの息子さんのDさんで、Dさんもその当時はAさんの会社の専務取締役で本業に勤しんでおりましたので、不動産会社の方へは数日に一度、短時間だけ出社して私からの業務報告を聞く程度でした。

 

それでもDさんからは、ある時にひとつの提案がありまして、私に杵築青年会議所へ入会する事を強く勧めるとの話でした。Dさんも杵築青年会議所のOBで、現役の時には理事長を務めた経験があるとの事でした。今後、杵築で長く仕事を続けて行くのであれば、地元の地域活動にも参加して、そこで人間関係を築いた方が良いとの話でした。

 

私自身、杵築とは何の縁もゆかりもない身の上でしたので、地元で人脈作りをしていくのに効率的な方法であるならば、是非とも参加したいと思いまして、すぐに入会する事を決めました。

 

実際に入会してみると、地元の一大イベントである「きつきお城まつり」を主催者側の立場で運営していたり、夏休み中に地元の小中学生を引率して「サマースクール」という名のアウトドア・キャンプを体験型学習として実行していたりと、様々な地域密着活動を実践していました。私自身も非常に学ぶ事の多い活動内容でした。

 

これらの活動を通して地元の方々とも仲良くなり、運営に関わる事で市役所の方々とも人間関係を築く事が出来ました。しかし何よりも、青年会議所のメンバー同士の間に固い絆が生まれた事が一番の大きな財産でした。メンバーは皆同世代でしたが、業種は多種多様でしたので、おそらくこの団体に加入していなければ、出会う事のなかった人達も多くいたと思います。

 

青年会議所では事業活動を実行する前に、必ず企画段階での会議を行います。ところが時にはメンバー同士での意見が合わずに紛糾してしまう事もあり、会議終了後の酒宴の席でも、その事が原因で口論となったり、時には殴り合いのケンカにまで発展してしまった事もありました。

 

今にして思えば、あの当時はまだまだ若かったんだなぁと思います。でもそれだけ皆が熱くなったという事は、誰もがその時を真剣に生きていた事の証でもあり、その先にある地域愛も深かったのだと思います。私もその様な経験を通して、初めて地元の人々と上辺だけでなく、本音で言い合える本物の仲間になれた気がしました。

 

杵築青年会議所は40才で卒業しなければなりませんでしたので、実質4年間くらいしか在籍出来ませんでしたが、この様な濃厚な体験をさせて頂いたお陰で、当時のメンバーとは卒業後も未だに長い付き合いを続けられています。

 

お陰様で私にとって「杵築は第二の故郷」と言っても過言ではないくらいに、どっぷりと杵築にハマってしまいました。

 

さて本業の話に戻りますが、Aさんは長年にわたり買い集めていた農地や原野を開発して、宅地分譲地を造成する事も計画していました。そこで私も過去の経験を活かして造成計画の監修をさせて頂き、完成後の販売業務も務めさせて頂きました。

 

600世帯超の賃貸物件の仲介・管理と売買物件の仲介に宅地分譲地の販売業務も加わりましたので、私の勤める不動産会社も結構忙しくなってきました。そこで業務に対応する為にスタッフの数も徐々に増やし、最終的には私と家内、さらには正社員もう1名とパート社員1名を抱えるくらいにまで成長していました。
 

そしてこの会社では管理物件のクレーム対応を迅速に行う目的で、あえて定休日を設けずに、お盆と正月、GW以外は全て年中無休としていました。そう言ってしまうと休みの少ないブラック企業の様に聞こえるかもしれませんが、社員が4名いればローテーションを組む事で、各自の休日は確保しつつも、年中無休を続ける事は充分可能でした。本当はGW期間中も無休にしたかったのですが、この期間中に「きつきお城まつり」が開催される為、会場設営準備日、開催日、片付け日と私がほぼ仕事に出られず、他の社員への負担が大きくなる為、やむなくお休みと致しました。

 

休みの少ない不動産会社であれば、いつ電話を入れても繋がるし、いつお店を訪ねても開いているので、お客様の立場からすると有難かったのではないかと思われます。

 

一般的には不動産会社は水曜日を定休日にする所が多いです。土日が最も来客数が多いので開店して、週の中日となる水曜日を休日にするのが、そもそも順当ではあるのですが、古くからのゲン担ぎで言いますと「水曜日は契約が水に流れる。」ので仕事をしないという考え方もあるそうです。

 

本当は今回、独立に至るまでの話をさせて頂くつもりにしていましたが、在籍期間中の様々な思いが沸き上がり、そこまでの話にまで到達する事が出来ませんでした。そこで誠に申し訳ございませんが、その話につきましては次回にさせて頂きたいと思いますので、どうか宜しくお願い申し上げます。