ほっとハウスが生まれるまで⑤
2026年08月10日
前回はAさんの所有する空き物件をB株式会社の従業員の方々に紹介して、ある程度の入居実績を積み重ねた所までお話ししました。
今思い返しても、Aさんからは「B株式会社の委託会社」だと勘違いされ、B株式会社からは「Aさんの関連企業」だと思われ、気が付いたら全く関係のない我々が双方の間にスルリとはまり込んでしまった訳ですから、正直奇跡に近い様な出来事だったと思います。
しかも最初に物件のオーナーを探していた時には候補者は第一順位から第三位くらいまでは見付けていましたし、紹介先の企業に関しても同じく第三位くらいまでは想定していました。そのため第一候補がうまく行かなければ、次へ移行するつもりでいたのですが、いずれも第一候補の段階でぴたりとハマり、非常に効率良く成果を上げる事が出来たのです。
順調だったお陰で、モチベーション的にも「それ行けどんどん」と怖いもの知らずで突き進む事が出来ました。もし第二、第三候補へとステップダウンしていたら、流れの悪さにモチベーションも低下し、途中で挫折していたかもしれません。自分は本当に運が良かったのだと思います。
かくしてその様な形で第一ステージは突破して、いよいよ我々はAさんに建築工事の御提案をする第二ステージへと進みました。
ところでAさんはその当時、杵築市商工会の中心的人物であり、杵築市の発展を心から願っている方でもありました。そこで私は「実を言うと我々は建築も得意であり、この地域の発展の為に不動産業だけではなく建築業においても貢献したい。」と伝えました。
さらに具体的な話として「大手企業の求める品質の高い賃貸住宅を杵築市内に増やせば、人口が増え、街も更に発展するはずです。そして杵築と言えども土地は有限なので、有効活用するには今後2階建てではなく、階層を増やして上に伸ばすべきです。」と説明しました。
Aさんもその考え方には賛同して下さり、前向きに検討をして下さる事になりました。しかし建築工事を発注するとなれば、数千万円以上の投資が必要です。アパートの入居者を紹介する様な簡単な話ではない為、当然Aさんも慎重にはなります。何よりAさんは我々の施工した建築物件を一度も見た事がない訳ですから、安心して発注してもらうにはそれなりの手立てが必要でした。
そこで私の方から「第1棟目は我々の仕事ぶりを知ってもらう為に、利益度外視した特別価格で受注をさせて下さい。その上で納得して頂ければ、次からの工事もぜひ御検討下さい。」と提案しました。
するとAさんからは「だったら今度、ある企業からの依頼で杵築市内に独身寮を建てる計画があるから、それをやってみるかい?地元の工務店に頼むつもりで鉄骨造2階建て20戸の1Kアパートを計画していたが、それを試しに君の所でやってみてはどうだ?高層階の賃貸マンションの話は、その後だ。」と言われました。
アパート経営を既にされている方だけあって話が早く、こちらが企画提案書や返済計画表などを作るまでもなく「予算は1戸当たり○○万円だから、○○万円×20戸で建てられるかどうか検討して返事をしてちょうだい。」と言われました。Aさんとしては企業から提示された家賃設定を元に逆算した結果の工事単価なのだと思いますが、これまで箱物受注の経験が無かった私には、その受注単価が高いのか安いのかさえ、その時は全く想像が付きませんでした。
しかし有難い事に話の展開が早く、あとは予算の組み立てをするだけでしたので、至急設計士に図面を描き起こしてもらい、その図面を元に現場担当者へ見積書の作成を依頼しました。
そして数週間後に現場管理者より原価計算が出揃ったと報告を受け、それを見せてもらいました。その時は正直驚いたのですが、Aさんから言われた予算はまさに工事原価そのものでした。工事原価とは工事に関わる下請け業者に支払う代金の総額で、受注金額から工事原価を差し引いた残りが我々の会社の粗利となるのです。現実にはその粗利から現場監督の手当てや保険料、営業手当て等が捻出されるのですが、今回は受注金額=工事原価となりますので粗利は0円、そこから現場手当等を支払えば実質的にはその分赤字となる計算でした。
願ってもないチャンスは頂けたものの、今回の工事の会社としての収益は赤字です。そこでAさんの元を訪ね、本来は控えるべき事ですが原価表をお見せして「この様な原価計算となるので、この工事は赤字となります。もう少し工事請負金額の上乗せをお願い出来ないでしょうか?」と懇願致しました。
するとAさんからは「家賃設定が先に決まっているので増額は出来ない。しかし地元で懇意にしている下請け業者が多数あるから、今回はこちらの業者を出来る限り使う様にしなさい。そうすれば私から業者へ無理を言って価格を下げてもらうから。」と言って下さいました。
そして現実にAさんの声掛けにより原価が少しずつ下がりましたので、おかげで当社の実質的な赤字は回避する事が出来ました。しかしそれでも諸経費を差し引くと純利益はほぼ0円に近いものでしたので、この内容で工事を受注するかどうかの最終判断は我が社の社長に委ねられる事になりました。
私は社長の元へ行き、内容を報告をした上で「これは今後の計画に向けた大きなステップとなります。営業手当は0円でも構いませんので、なんとか受注させて下さい。」と熱意を伝えました。
社長も決断するには随分悩んだ事と思います。私の熱意は伝わっていたでしょうが、本当に次に繋がるのかは誰にも分かりません。しかしこれまでもかなりの時間を費やして、杵築の地に種を蒔いて来たのも事実です。今ここで手を引けば全てが水の泡になる。社長もそれを分かっていたのでしょう。
数日後、私は社長室に呼ばれました。「このプロジェクトが失敗に終われば、この会社も傾くかもしれない。絶対に成功するまでは戻って来ない位の覚悟はおまえにはあるのか?」と問われました。
私は「ここまでのめり込んでいるのに、今さら手を引けと言われても私には出来ません。当然成功するまでは戻らないつもりです!」と答えました。
社長は最後に私の覚悟を確認したかったのでしょう。内心「戻って来ない位の覚悟って言ってるけど、毎朝の朝礼には顔を出さないと絶対に怒るよな?」と思いつつ、それでもついつい売り言葉に買い言葉でそう答えてしまいました。
その返事を受けた社長は、ひと呼吸おくと「分かった。それではこの工事を受注しなさい。」と答え、ついに我々はAさんのアパートを建築する運びとなったのです。
杵築の地を舞台とした山あり谷ありの話は今後もまだまだ続くのですが、ひとまず今回はここまでにしておきます。
